花鳥風月
気の向くままにマリみての二次創作(SS)を。 傾向は白×祐巳。

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SS『お気の召すように』

祐巳さん、最近ちょっと乃梨子に構いすぎなのではないかしら。


と、突然切り出されたある日の放課後。
志摩子さんは時々、突拍子もないことを言う。


私は思わず間の抜けた声を上げてしまって、
そして当の志摩子さんはというと、
どこか恨めしそうな顔で私を見ていた。


「えと、志摩子さん、いきなりどうしたの?」


「いきなりも何もないわ」


言いながらずんずんと志摩子さんは私に歩みよって来る。
私にそれに圧されて、つい後ずさり。
気がついたら壁際まで追い込まれていた。


「最近、祐巳さんは乃梨子に絡んでばかり」


「そ、そんなことないよ」


私は否定したけど、志摩子さんはとても納得してくれそうにない。
むしろ私にも心当たりがあったりする。
だって乃梨子ちゃんって、普段は冷静だけど、
からかったりすると意外に可愛い一面を見せたりするんだもの。
確かに、最近ちょっと調子に乗って、乃梨子ちゃんで遊びすぎたかも。


「一年生のときはお姉さまと楽しそうに戯れていて、今は乃梨子とじゃれている。
 ……祐巳さんは、私のことなんか、見向きもしてくれない」


「ちょ、志摩子さん、落ち着いて。そんなこと絶対ないから。ね?」


「私は至って冷静よ」


口調は冷静でも、その眼差しは冷静じゃない。
何と言うか、恐い。
怒っていますよ、という気持ちがひしひしと伝わってくるくらいに。


志摩子さんは両手を壁について、私の逃げ道を塞いだ。
そして正面から私の顔を覗き込んでくる。
お互いの吐息が感じられるくらいに、二人の距離は近い。


こんな尋常じゃない場面なのに、志摩子さんの顔を間近で見て、
やっぱり志摩子さんって綺麗だなぁなんて思ってしまう私は、
危機感の希薄な人間なのだろうか。


「もっと私に構って」


ぽつり、と志摩子さんは言った。


「志摩子、さん?」


「お願いだから。お姉さまよりも、乃梨子よりも、私を見て」


もはやそれは、哀願に近い響き。
あ、いけない、と感じた。
志摩子さん、何だか、泣きそう――。


私は、こつんと、自分の額と志摩子さんの額を合わせた。
母親が子供の熱を測るときにそうするように。


それはほとんど無意識の行動だった。
どうしてか分からないけど、志摩子さんを安心させたくて、
ただその一心だけで、自然とそうしてしまったのだ。


志摩子さんはやっぱり驚いたのか、その目が大きく見開かれた。


その姿勢のまま、数秒間の沈黙。
恥ずかしいけど、何だか離れられない。


「えと、志摩子さん」


「な、何かしら」


「その、私、志摩子さんのこと、嫌いになったとか、絶対にそんなことないから」


「……知ってるわ」


触れ合っている額から、熱が伝わってきて、伝っていって。
顔がどうしようもなく熱い。
私も、志摩子さんも。


でも、離れられない。


「どうすれば良いのかよく分からないけど、
 私、もっとちゃんと志摩子さんと向き合うようにする。だから」


言い終わる前に、突然、志摩子さんが身を引いた。
思わず前のめりになって、自然と私は志摩子さんの腕の中に収まる形になる。
私は、ぎゅっと、強く抱きしめられていた。


「し、志摩子、さん?」


「……祐巳さんは」


「へ?」


「祐巳さんはずるいって、いつも思うわ」


私は顔を上げようとしたけど、私を包む腕の力が一層強くなって、できなかった。


志摩子さんが今どんな表情をしているのか、それは分からない。
でも心臓の鼓動の高鳴りは、強く感じられる。


二人だけの空間は、本当に静か。
世界から切り離されてしまったみたいに。
そんな中で、さらに私は志摩子さんに抱きしめられている。


本当に小さな世界だ。
それでいて、どこまでも何よりも心地よい。


やがて私の体は解放された。
温もりから離れて、空気が涼しく感じられる。
それが何だか寂しい。


志摩子さんは、悪戯っぽく笑っていた。
顔を赤くして、嬉しそうに笑っていた。


「祐巳さん、約束よ」


約束。
さっきの約束。
うん、と私は頷いた。
もっと志摩子さんと、向き合うようにする。


後は言葉を交わすことなく、それっきり。
誰かが来るまで私達は無言で、静かな時間を共有していた。
時計の針の音と、
ティーカップとソーサーとが触れる音と、
紅茶の香りと、
窓から差し込む陽光と、
まだ収まらない心臓の鼓動。
全部、この空間の全部を、私達は共有していた。


私は、幸せだった。
志摩子さんは、どうなんだろう?
志摩子さんは、私の顔を見て、ただ微笑んでいるだけ。


私も微笑んだ。
ああ、こういうので良いんだ、と思った。
私と志摩子さんは。


私と志摩子さんは、こういうので良いんだ。




















祐巳さま、最近あまり私に構ってくれませんね。


と、突然切り出されたある日の放課後。
乃梨子ちゃんも志摩子さんみたいに、時々、突拍子もないことを言う。


私はぽかんと口を開けて、乃梨子ちゃんを見た。
恨めしそうな目で、乃梨子ちゃんは私を見ている。
何だか可笑しくなって、つい、私の口から小さな笑い声が漏れてしまった。


「……どうして笑うんですか」


「んー? だって、ねぇ。ふふ」


似た者姉妹。
白薔薇さんのおうちって、嫉妬深いのかな。
本当は笑っている場合じゃないのかもしれないけど、
でも、止められない。


乃梨子ちゃんが、ずんずんと私に歩み寄ってくる。
それに圧されて、後ずさる私。
やがて壁際にまで私は追い詰められて――。


「……次は、聖さまがくるのかなぁ」


ぽつりと呟いた。
すぐ目の前の乃梨子ちゃんは、怪訝そうな顔。


「どうしてここで聖さまが出てくるんですか」


「何でもないよ。何でもないの」


とにかく、とりあえず今は、乃梨子ちゃんをなだめないと。
そう思って、私はご機嫌斜めな末姫と向き合った。



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  1. 2010/06/09(水) 17:55:30|
  2. SS(志摩子×祐巳)
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SS『昇って降りて、その先で』

「あれ、乃梨子ちゃん? 珍しいところで会ったね」


一瞬驚いた顔をして、すぐに祐巳さまは相好を崩してにこやかな表情を浮かべた。
昼休み、図書室前での邂逅である。
まさかの出来事に私だってもちろん驚いた。
お弁当を食べてお腹が満たされて、何だか眠いなぁとか、かったるいなぁとか、
そういった諸々の怠惰な感情が一気に吹っ飛んだくらいに驚いた。


こんなところで祐巳さまに会えるなんて!
と嬉しい気持ちは当然あるものの、何と言うか、
きちんと心の準備をしていなかったものだから、どこか落ち着かない。
こんなことになるのなら、ここに来る前にお手洗いに寄って、
髪とか服装が乱れていないかきちんとチェックしておくべきだった、と私は後悔した。
誰だって、好きな人に自分の変なところは見られたくないはずだ。
そうあるべきだ。


しかしそこはクールで通っている二条乃梨子である。
努めて平静を装い、私はいつも通りの態度で祐巳さまに尋ねる。


「ごきげんよう、祐巳さま。図書室に何か御用ですか」


少し声が硬くなってしまった。
けどこれくらいなら、不自然に思われることもないだろう。


「うん、今度授業で発表があるの。それの資料探し」


にへら、と祐巳さまは笑った。
そういうだらしない笑顔というのが彼女には本当に良く似合うのだ。
でもそんな祐巳さまの顔を見ていると、何だかぽっと顔が熱くなってきてしまう。
その一方で、できればずっと見ていたいのに無性に気恥ずかしくなってしまう。
ジレンマである。
私は耐えられなくなって、つい視線を外してしまった。


「乃梨子ちゃんは? 仏像の画集とか探しにきたの?」


「いえ、私はレポートの資料探しで……というか祐巳さま、
 私イコール仏像っていうのは、少しひどくないですか」


「あはは、ごめんごめん。でも乃梨子ちゃんて、本当に仏像が好きだから」


そもそもカトリックのリリアンに、仏像の書籍なぞ置いてあるのか。
しかしそれは今はどうでも良い。
今本当に問題なのは、図書室で祐巳さまと出会ったという事実だ。
祥子さまも志摩子さんも瞳子もいない。
図書室という、ある種の閉塞感が横たわっている空間に、
私と祐巳さまだけがいるのだ(もちろん一般生徒もいるけれど)。


それを意識すると無性にどきどきしてきた。
どうしよう。
何だかこれって、その、……まるで逢瀬みたいではないか。
皆には秘密で、図書館で密かに二人は会う。


いやいやいや、それは考えすぎだ。
妄想を飛躍させすぎだ。
馬鹿らしい。
ただ単純に、私たちは資料を探しに来て、たまたま一緒になったというだけではないか。
別に運命的なものとか、そんな要素は一切ない。
偶然が重なっただけなのにそこまで想像を展開させてしまうなんて、
本当に私というやつはおめでたいやつだ。


うん。


だから落ち着け、私。
これは偶然、私の考えすぎ、……


「あれ? 乃梨子ちゃん、タイが曲がってるよ」


うわぁー!!


叫び声を上げそうになったのを、すんでのところで何とか押し止めた。
タイが曲がっていた?
誰の?
私の?
本当に?


何てことだ。
こんなことなら、やっぱりここに来る前に身だしなみを整えておくべきだった。
私の愚か者め。
こういう不測の事態はいつ起こるか分からないのだ。


くそぅ、恥ずかしい、とんでもなく恥ずかしい。
いっそのことここから逃げ出したい。


いや、本当に何か理由をつけて、ここから立ち去ってしまおうか。
別に資料探しは今日でないといけない訳じゃないし。
せっかく祐巳さまに会えたのにもったいないけど、今の状態じゃまともでいられない。
無様な姿を見せるより数百倍マシだ。
うん、そうだ。
そうしよう。


「直してあげるよ。ちょっとじっとしててね」


うわぁー!!


今度も何とか叫び声は押し止めた。
けど肺の辺りがちょっとびくってなった。
だって祐巳さまが私のタイが直してくれているんだもん。
至近距離に祐巳さまの顔があるし、
何だか甘くて良い匂いも漂ってくるし、
こんな状況で平静を保っていられる人間が果たしてこの世に存在するのか。


いや、いない。


私の体はもう緊張でがちがちに硬くなっている。
顔は、火が吹き出るんじゃないかというくらいに熱い。
心臓の鼓動なんかもう凄すぎて、これはもう祐巳さまに気づかれているんじゃなかろうか。
もしそうだとしたら恥ずかしい。


でも祐巳さまにタイを直してもらうというのは、本当に幸せな時間だ。
至福ってこういうことを言うんだな、としみじみ思う。


ずっとこうしていてもらいたいという気持ちと、
私の緊張がばれてしまわないかという気持ちがせめぎ合っている。
それは火花が散るつばぜり合いで、逃げ出したいような、そうでないような。
頭の中を色んなものが駆け回って、飛んだり跳ねたり、もう訳が分からない。
心を落ち着かせようと大きな呼吸をしてみたけれど、
それさえも不自然に思われてしまうのではないかと考えると、
結局余計に緊張してしまう。
何をしても坂道を転がっていくようなこの感覚、
ああ、一体私は、どうすればいいのだ!


「はい、お待たせ。終わったよ」


祐巳さまの手が私のタイから離れていく。
安心したような残念なような、何とも言えない妙な後味が残った。
でもせっかくの貴重な時間を充分に堪能できなかったと思うと、
やっぱり残念な気持ちの方が勝るか。


「私もたまには上級生らしいことしないとね」


やり遂げた、という表情の祐巳さま。
くそぅ、可愛いな。


「ありがとうございます」


ぺこりと頭を下げて、その僅かな間で何とか平静を取り戻そうと、深呼吸。
感謝や謝罪の度合いはお辞儀の角度と比例すると言うけれど、
多分、そこには羞恥心という要素も加わると思う。
こうして頭を下げている間は顔を合わせていなくて済むし、
慌てふためいた心を仕切り直すのには、ちょうど良い。


私はゆっくりと頭を上げる。
少しは落ち着きを取り戻せただろうか。
とりあえず、祐巳さまの顔を直視できるくらいにはなった。


「どういたしまして。さて、じゃあ本を探しにいこっか」


祐巳さまと肩を並べて図書室に入ると、
受付をしている生徒があからさまに驚いていた。
まだあどけない雰囲気から私と同じ1年生だと想像できる。
山百合会という存在に、恐らく一番幻想や憧れを抱く年代だ(私も1年生だけど)。
その薔薇の館の住人がやってきたのだから、そりゃ驚くのも無理はない。


祐巳さまもそういった反応に慣れているのか、
どこか余裕を感じさせる微笑を浮かべて、ごきげんようと挨拶をしていた。
何だか別人みたいだ、と思った。
私の知っている祐巳さまはのんびりしているというか、
変に気取らない素の魅力を備えている人というか、
薔薇というよりたんぽぽというか、とにかくそんなイメージなんだけれど、
こういうよそ行きの顔もできるんだと感心した。
でも、こういう祐巳さまは、あんまり好きじゃない。


ずらりと並ぶ書架の前で祐巳さまは立ち止まった。


「乃梨子ちゃんは何の授業のレポート?」


「英語のやつです」


「あー、私も去年やったなぁ」


と、懐かしそうに祐巳さま。
1年生の頃の祐巳さまかぁ、とその姿を思い描いてみたけれど、
それは目の前の祐巳さまとほとんど変わらなくて、少し複雑な気持ちになってくる。


「えーっと、祐巳さまは?」


「私? 私は、歴史」


そう言って祐巳さまは歴史関連の書籍が収められている方へと目をやる。


「じゃあ別行動だね」


「そうなりますね」


祐巳さまはにこりと笑って小さく手を振り、本棚の向こうへと姿を消していった。


私はそれを見送ると、目的の本棚へと向かう。
そして周りに誰も居ないのを確認して、私は盛大なため息を零した。


本棚に背を預けてずるずると座り込む。
心がざわついて、そしてそれは勢いを増すばかりで、もう本を探すどころではなかった。
ついさっきまでの祐巳さまと時間を思い出すと、嬉しいやら恥ずかしいやら、
色んな感情が駆け巡って、もう立っているのもままならなくなるのだ。


ほんの短い間だったけれど、祐巳さまと二人きりでいたという事が、
こんなにも刺激的だなんて。
私、こんな有様で、これからも祐巳さまと普通に接していけるのだろうか。
ただでさえほぼ毎日、薔薇の館で顔を合わせているというのに。


周りの人たちから不審に思われやしないか、つい不安になる。
滅多に取り乱さない私がそんな素振りを見せれば尚更目立つだろう。
まして、もし、もしもだけれど、その、……祐巳さまとお付き合いすることになったら……。


いやいやいや。


何を私はそんな恥ずかしい想像をしているのだ。
落ち着け私。
全く、少しでも気を抜くと、すぐに都合のいい妄想に耽ってしまう。


と言うか、ここ最近の私は、異常かもしれない。
何だか一日中祐巳さまのことを考えている気がする。
今何しているんだろうとか、今何を考えているんだろうとか、
私のことどう思っているんだろうとか、
とにかく祐巳さまのことが逐一気になってしまう。
もしかしてストーカー一歩手前のところまできてるんじゃないだろうか。


さらに不条理なのは、彼女のあらゆる行動は、私の心情を右にも左にも容易に傾けてしまうということだ。
一挙一動、一言一句、それが例えどんなに些細なことであっても。


祐巳さまが祥子さまや瞳子と仲良くお話しているのを見るだけで不安になるし、
志摩子さんと一緒に歩いているところを見るだけで悲しくなる。


祐巳さまとの些細な嬉しい出来事は何十倍に、けど祐巳さまとの悲しい出来事は何千倍に。


祐巳さまにタイを直してもらった時のことを思い出す。
あれは私に特別な感情があったからではなくて、あくまで「上級生として」直してくれたのだ。
都合の良い解釈は止めて、普通に考えるればそれが妥当だ。
それが現実。


私に対する祐巳さまの行動を、全て綺麗に装飾したくても、それは幻想に終わるだけなのだ。


ため息。
やっぱり祐巳さまにとって、私ってただの後輩でしかないのかなって、どうしても思ってしまう。
それより上の存在にはなれないのかな、って嫌でも思ってしまう。
そして、志摩子さんや瞳子に対して嫉妬してしまう自分に対して、自己嫌悪。
二人とも私にとって大切な存在なはずなのに。
心配、不安、嫌悪と、どこまでも延々と続く負の連鎖。


駄目だ、駄目だ。
本当に駄目だ。
私は顔を両手で覆う。
弱気になっている。
祐巳さま一人のことで、こんなに心を乱してしまうなんて。


辛い。


心底そう思う。
私は知らなかった。
分かっているつもりになっていて、全然分かっていなかった。
人を好きになるのって辛いことだったんだ。


でも、それなのにどうして、祐巳さまのことを想わずにはいられないのだ。


「乃梨子ちゃん!?」


びっくりしたような声。
私は弾かれたように顔を上げた。


「祐巳さま」


「どうしたの? 具合、悪いの?」


私の隣で屈みこんで、祐巳さまは心配そうに尋ねてくる。


「何でも、ありません」


私はすぐに普段の表情を取り繕って祐巳さまにそう返した。
こういうとき、弱さを見せられない自分は、不器用だと思う。


「眠くなってしまっただけです」


「本当に? それなら良いんだけど……」


「それより祐巳さま、本は見つかったんですか?」


「へ? あぁ、それなんだけどね」


祐巳さまは苦笑いを浮かべる。


「本、なかったんだ。もしかしたらあるかもしれないけど、貸し出し中なのかも」


と、残念そうに祐巳さま。


「乃梨子ちゃんは?」


「あ、えっと」


思わず言葉を濁してしまう。
本を探すどころか、一人で浮かれたり落ち込んだりしていたのだから。


「ありませんでした。こっちも貸し出し中なのかもしれません」


「そっか。やっぱり借りにくる生徒が多いのかな」


ため息交じりに祐巳さまは言った。
腕を組んで、うーん、と難しそうな顔で唸っている。
無念さが思い切り表情に出ていて、それがいかにも祐巳さまらしい。


「せっかく来たのになぁ……何かさ、勿体無いよね」


「勿体無いって、何がですか?」


「こう、お昼ごはん食べて一息ついてさ、ちょっと体動かすのが億劫だけど、
 そこを頑張ってレポートの資料探しに来たんだよ。
 それなのに空振りに終わっちゃうなんて。何だか、悔しくない?」


と、鼻息も荒く熱弁を奮う祐巳さま。
大真面目な顔なのに、内容は何だか間が抜けていて、
でもそれは私も共感できる話だったりするのだ。
自然と、私の口元も緩んでくる。


「このやり場のない不満をどこにぶつければいいの! って感じだよね。
 だから乃梨子ちゃん」


「はい」


「今度の日曜日、区立図書館に本探しに行こう」


「はい。……はっ?」


思わず気の抜けた声を上げてしまった。
祐巳さまの言葉が、一瞬理解できなかったからだ。
私の頭の中を二週、三週回って、ようやく祐巳さまの言葉を飲み込むことができた。


「あのぅ、何でそうなるんですか?」


「ほら、鉄は熱いうちに打てって言うじゃない。
 せっかく絞り出したやる気だもん、冷めちゃう前にやっちゃおうと思って」


何故か得意げな顔で祐巳さまは続ける。


「それに一人だと、『面倒だからまた今度でいいや』って先送りしちゃいそうじゃない?
 その点、誰かと一緒に行くって約束してれば、そういうこともないだろうし」


「でも、私でいいんですか。祥子さまとか瞳子とか、私の他にも」


「乃梨子ちゃんが良いの」


きっぱりとしたもの言いに、私は思わずどきりとした。
頭の中で祐巳さまの言葉が響き渡る。


乃梨子ちゃんが良いの。


どういう意味なんだろう。
私が良いって、それって何だかまるで……。


「それとも、都合悪いかな?」


「あ、いえ、そんなこと全然ありません! オールグリーンです!!」


「お、おーるぐりーん?」


「要するに問題なしということです」


親指を立ててきっぱり言い切ると、祐巳さまはにこりと笑った。


「ちょっとよく分からないけど、とにかく決まりだね。
 私と乃梨子ちゃん、空振りコンビ結成!」


「そのコンビ名はやめてください」


何だか、「まぁいいか」って言葉がふと浮かんできた。
多種多様、大なり小なり悩みは尽きないけれど、祐巳さまを前にするとそれで済んでしまう。
馬鹿らしくなるとか、どうでもよくなるとか、そういうのとは少し違っていて。
祐巳さまと話してると、楽しくて、とんでもなく幸せで、
それが悩みも何もかもを簡単に押しのけてしまうのだ。
好きな人との時間って、本当に強い。


そう、「まぁいいか」で良いんだ。
どんなに苦悩で身を焦がしても、底なしの泥沼にはまっても、
たったその一言で良いんだ。
それだけで救われる。


想像以上に単純な自分に苦笑い。
でも恋愛って、そんなものなのかも。
恋をしていると、何ていうか、バカになるんだ。
相手次第で気分は簡単に上下左右に揺れ、天に昇るし地にも落ちる。
ましてそれが片思いという形ならば!


祥子さま、志摩子さん、瞳子、ごめんなさい。
一応謝っておきます。
今度の日曜日、私は抜け駆けして幸せな時間を過ごしてきます。


本音を言えば、ずっと祐巳さまを独占していたいけれど、それはまだ勇み足というものだ。
残念だけど、今の段階ではまだ早い。


でもいつか絶対、成し遂げてみせるんだ。
恋は取ったもの勝ちなのだから。
そう、いわば戦争なのだ!
だから容赦も遠慮もしない。
例え相手が薔薇さまでも、スールでも、親友でも!!


「祐巳さま」


「ん、なーに?」


私は立ち上がって、「ばーん」と手で銃を撃つ真似をしてみせる。
祐巳さまは少し驚いた顔をして、私は、口の端を微かに上げていた。
きっと今の私は、清々しい顔をしているんだろうなと思った。
さっきの落ち込みぶりが嘘みたいなくらいに。


「の、乃梨子ちゃん?」


「私、本気でいきますから。だから」


覚悟してくださいね。


心の中で、そう呟いた。


少なくとも、気分は晴れやか。
雲一つない晴天にも負けないくらい。
今の私なら、果てしない地平線だって見渡せる。


迷うことも悩むこともなく、
これからもずっと彼女の前ではそうでありたいと、
私は切に願った。

  1. 2010/05/30(日) 21:16:55|
  2. SS(乃梨子×祐巳)
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SS『思いの丈は猛々しく、重々しく。』

「祐巳さま!」


大声で彼女の名を呼ぶ。
とにかく、叫びたかった。
彼女の名前を。
普段から思っていたのだ。
世俗での、私と彼女の関係だとか、立場とか、そういうものを一切合切超越して、
私は、彼女の名前を、思い切り叫んでみたかった。


叫ぶという行為は、とても気持ちのいいものだ。
清々しい気分になる。
まして、それが好きな人の名前ならば!


そうするのはきっと心地よいものだと思っていて、
実際、それはとても気持ちのいいものだった。
充足感が私を満たしていった。
先輩だとか後輩だとか、薔薇の色の違いだとか、そんなものは、関係ないのだ。
色々なしがらみや、勝手な思い込みで、私は私を縛っていた。
でもそれは間違っていた。
本当に必要だったのは、私と彼女、それだけだ。


私と祐巳さまがいれば、他には何もいらない。
不要、不要、なーんにも要らない!
平和も自由も正義も!!
それが真実。
私と祐巳さま、それだけで、世界は上手く回るのだ!


「祐巳さま!!」


もう一度、叫ぶ。
彼女が振り返る。


「乃梨子ちゃん、どうしたの?」


彼女の顔には、戸惑いの色。
私は笑って応えた。
きっと祐巳さまは、怪訝に思っている。
私が、二条乃梨子がどうかしてしまったのではないかと思っている。
私だって、こんな自分が不思議で不可解だ。
何しろ、いつもはクールな白薔薇の蕾で通っているんだから。
理性で本能の欲求を、全力で押し込めているんだから。


でもたまには、こういうのも、いいでしょう。
私が、私らしさを捨てても、いいでしょう。
私が私じゃなくても、いいでしょう。


余計なことは考えず、もっとシンプルであるべきだったのです。


ただ赤裸々な想いを、貴女に届けたかった。
それだけです。
たったそれだけ。
衝動的だったけど、そうせずにはいられなかった。
どうしても抑え切れなかった。
貴女の名を心の底から叫ぶのに、私らしさなんて、些末なことだったのです。


でも、
本当は、
まだまだ足りない。
全然足りていない。
全てを伝え切れていない。


まだ私の奥底で蠢いている、どろどろしていて、純粋な言葉は、まだ叫べない。
それを実現するには、もっと、さらにもっと、超然とした私の勇気が必要なのです。
何もかもを振り切る勇気が。


この言葉だけは、まだ叫べない。
彼女に届けられない。


だから、今は、
今は、


「好きです。祐巳さま」


そう、小さく呟くだけで、精一杯。
誰にも聞こえなくて、私にしか聞こえない程度のもの。
まるで自分に言い聞かせているみたい。
でも、それが今の私の一生懸命。
極限まで振り絞って、その末に零れ落ちてきた、一滴の想い。
それが今の私の限界。


「え、え、何?」


祐巳さまが聞き返してくる。
私はにこりと笑う。
無理をして作っていると、自分でも分かる笑顔。
それが今の私の答え。
まだ私には、祐巳さまに、きちんと全部を伝えることはできないんだ。
悔しいけれど。


でも、絶対いつか、届けてみせる。
全部、全部、なりふり構わず捨て切って。
拒絶されるかもしれない。
気味悪がられるかもしれない。
そういう不安は、やっぱり、拭えない。


それでも伝えずにはいられない。
その後のことなんて、どうでもいい。
青春って、そういうものだ!
だから、もうちょっと勇気を溜め込んだら、
きちんと祐巳さまに、私の想いの全てを伝えるんだ。


「祐巳さま、好きです!」


きっといつか、彼女の前で、私は思い切り叫んでみせる。
少しの澱みのないの告白を。
二条乃梨子の、福沢祐巳への、まっすぐな想いを。
それが彼女へ届くか、届かないかは、構わない。
私が祐巳さまへ抱いた想いの形を、きちんと残したい。
だからいつか、
いつか必ず、
絶対に私は叫んでやる。


「祐巳さま、ずっとずっと、私と一緒にいてください!!」


直球で、愚直で、きっと格好悪いだろうけど。
でも、それで良いんだ。


だって、人を狂おしくなるくらい好きになるって、そういうことでしょう。


ねぇ、祐巳さま……。



  1. 2010/05/23(日) 22:26:54|
  2. SS(乃梨子×祐巳)
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片隅の苦悩

「祐巳さま………」


 実際に私は声に出してそう呟いた。一人で。夜の自室で。カーテンをそっと手で小さく開けて、夜空に輝く星を見上げながら、そんな純情乙女ちっくな私は事を密かにやっていたのである。誰も見ていないのを良い事に。


 もちろん私は本来はそういうキャラではない。もっと、こう、何て言うんだろう。現実的な人間だ。何かに祈ったり縋ったりするほど無力ではないし、自分らしくない何かを演じて、そんな自分に酔ってみたりする事もない。まして冒頭のような、夢見る少女みたいな事は普段なら絶対しない。


 それなのにどうして今日はやってしまったのかと言うと、まぁ、それは若気の至りと言うか何と言うか………。部屋で祐巳さまの写真を眺めていたら、ついそんな事をやりたくなってしまったのである。祐巳さまの名前を呟きたくなってしまったのである。しかも、夜空を見上げながら、少し切なそうにというオプション付きで。


 私は頭を抱えた。


「うっわ、恥ずかし………」


 顔に両手を当てて、床をごろごろ転げまわりたくなってくる。


 というか、転がった。


 自分の行動を振り返ったらやっぱり恥ずかしかったのである。でもそうやって床を転げまわるという行動自体も、恥ずかしいという気がしないでもないけど………。


 私はひとしきり部屋の中を転げまわって、最終的に敷いてある布団の中に納まった。掛け布団の中に入り込んで、枕を頭に乗せてから、私は傍にあった祐巳さまの写真を再び眺める。


「祐巳さま………」


 あぁ、しまった。また口に出してしまった。


 私はため息を零した。祐巳さまの写真を眺めていると、どうしても口に出してその名を呼びたくなってしまう。何でかは知らないけれど。そうする事で、祐巳さまにこの気持ちが届くわけじゃないのに。でももしかしたら、私が呟いた言葉が夜の風に乗って、輝く星の海を駆け抜けて、そして祐巳さまに届くかもしれない………


 なんて、あぁ、駄目だ。


 今の私はどうかしている。こんな柄にもない事を考えてしまうなんて。


 こんなの、私らしくもない。


 そもそも祐巳さまを好きになってしまったのがまずかったのだ。私が夜空を見上げながら誰かの名を呟くのも、床をごろごろ転げまわるのも、全ての発端はそこなのだ。


 誰かを好きになるというのはこれが私の人生で初めての事だった。しかも、完全な片想い。恋の力ってやつはどうにも不思議なもので、私から冷静な思考や判断というものをすっかり奪ってしまう。周りも自分も見えなくなって、どうすれば良いのか分からなくなってしまうのだ。


 総合的に考えれば、さっさとこの気持ちを祐巳さまに伝えてしまうのが一番良いんだろうけれど、でもその一歩が踏み出せない。祐巳さまに拒絶されたらどうしようって思ってしまう。祐巳さまがどんな顔をするのか、どんな反応をするのか、それを考えただけで私は頭が真っ白になってしまうのである。


 何て、やっかいな感情なんだろう。


 祐巳さまが誰かと仲良くしているところを見るだけで、私の心は嫉妬の炎が燃え上がる。親友の瞳子が実は祐巳さまに心惹かれているという事実や、一途で情熱的な想いを捧げる可南子さんの存在が、私の焦燥感を駆り立てる。そして祐巳さまが祥子さまにだけ見せる優しい笑顔が、私の中に失望感を生み出す。


 こんなの、不公平だ。


 私は頭に乗せている枕をどけて、写真を傍に置き、姿勢を変えて天井の蛍光灯を見上げた。私はこんなにも祐巳さまの事で毎日思い悩んでいるというのに、きっと祐巳さまはそんな事も知らずにのほほんと時間を過ごしているのだ。こんな不公平な話があるだろうか。出来ることなら、この苦悩を祐巳さまにお裾分けしてあげてたい。


 そして、私がどれだけ祐巳さまを想ってるか、思い知れば良いのだ。


「ふ、あ~ぁ………」


 欠伸が一つ出てきた。


 お、今のは祐巳さまみたいだ、と思った。祐巳さまって、何故だか欠伸っていうイメージがある。呑気というか、のんびりというか、そういう部分がきっと重なるんだろう。


 私は起き上がって、目覚まし時計をセットし、そして部屋の電気を消した。部屋の中が一瞬にして暗闇で満たされ、私は再び布団の中へと潜り込む。そして目を閉じる前に、もう一度祐巳さまの写真を見つめた。まだ暗さに目が慣れてなかったけれど、でも私の目はしっかりと祐巳さまの姿を見ることが出来た。


「………お休みなさい、祐巳さま」


 くそぅ、と思った。


 写真に語りかけるなんて、全く私らしくない。何て恥ずかしいんだろう。


 夢の中に祐巳さまが出てきたら文句を言ってやろう。現実では言えそうに無いから、せめて夢の中だけでも。日ごろ溜まっている鬱憤を晴らすかのように。


 そして、夢の中だけでも良い、思い知らせてやるのだ。


 私の、貴女への想いの強さを。



 Fin.

  1. 2006/11/24(金) 01:08:50|
  2. SS(乃梨子×祐巳)
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小さな秘密

 ふいに私の髪が揺れた。昼下がりの風を受けて舞い上がる薄手のカーテンを連想させるような、そんな優しさと柔らかさで。私の髪を揺らしたのは、風ではなくて隣の祐巳さまの手だった。


「乃梨子ちゃんの髪って、良いよね。サラサラしてて」


 祐巳さまが、私の髪を撫でている。


 私の頭がそう認識した途端、一気に心臓の鼓動が加速していくのを感じた。血液が逆流して、私の顔に集まっていくような。頬が熱を持って、恐らく今の私は顔が真っ赤になってしまっているに違いない、と思った。


 開け放された窓から一陣の風が吹き込んで、2人だけの空間を軽やかに駆け巡った。しかしそれだけでは、私の火照りを冷ますにはとても不充分だ。


 朱に染まった顔を隠すように、私は祐巳さまから顔を背けた。


「別に、私の髪なんて………特に良いものでもないでしょう。紅薔薇さまに比べたら、全然」


「そんな事ないよ」


 髪を撫でる手は止めようとせず、祐巳さまは続ける。


「艶があって、綺麗な黒髪。私なんか癖っ毛だから、こんな髪にすごい憧れるもの」


「はぁ………」


「だから、私、好きだよ。乃梨子ちゃんの髪」


 思わず、その一言にどきりとした。“好きだよ”。


 ………祐巳さまが好きだと言ったのは私の髪だという事は、もちろん分かっている。それでも、祐巳さまの口からそんな言葉を聞いてしまうと、否応無く私の心臓は跳ね上がってしまうのだ。例えそれが、私自身に向けられたものでなくても。


「私の髪、好きですか?」


「うん、好き。ずっとこうして触っていたいくらい」


 それからしばらく祐巳さまは私の髪を撫でていた。祐巳さまは私の髪の感触を楽しんでいたようで、それと同じように、私も祐巳さまに髪を撫でてもらうのを楽しんでいた。幸せだった。どうしてこうやって髪を撫でてもらうのって、こんなにも気持ち良いのだろう?


「ねぇ、乃梨子ちゃん」


 ふと手を止めて、祐巳さまは訊いた。私は急に現実に引き戻された。心地良い夢から醒めてしまったようで、私は少し残念な気持ちになった。


「………はい、何でしょう」


「乃梨子ちゃんはずっとこの髪型だったの?」


 言いながら祐巳さまは私の髪をその手にすくい取る。


「そうですね。ずっと昔から、この髪型です」


「まぁ、乃梨子ちゃんは特に結わえたりする必要ないもんね」


 言いながら祐巳さまは苦笑する。


「私なんかバサバサだから、無理矢理リボンで纏めないと駄目だけど………でも、たまには、自分の髪をいじってみたいとか思わないの?」


「思いません。この方が楽ですから」


 私ははっきりと言った。


「髪をセットするのに余計な時間をかけたくないんです。朝は一分一秒が勝負ですし」


「はは、乃梨子ちゃんらしいなぁ。でもさ」


 祐巳さまはそこで言葉を切ると、両の手で私の後ろ髪を一つに纏めた。そしてそれを片手で抑えたまま、祐巳さまは私の顔を正面から覗き込む。私の目と鼻の先で、祐巳さまは満足そうに頷いた。


「こうやって髪を結わえた乃梨子ちゃんも可愛いと思うよ。うん、こうして見ると凄い似合いそうだもの」


 私の鼻先に触れそうなほど近くに、祐巳さまの顔があった。祐巳さまの言葉はほとんど頭に入ってなかった。真っ直ぐに見つめてくる祐巳さまの瞳に、私は何だか恥ずかしくなって、思わず視線を下に向けてしまった。


「でも………面倒ですから」


「またそんなこと言って。もったいないなぁ」


「………あの、祐巳さま」


「ん、どうかした?乃梨子ちゃん」


「その………祐巳さまは、私が髪を結わえた方が、好きですか?」


「へ?」


 気の抜けた声を上げて、祐巳さまはきょとんとした表情を浮かべる。私自身も驚いたくらいの予想外の言葉だから、そんな反応も当然かもしれない。

 しかしそれもほんの一瞬の事で、すぐに祐巳さまはいつもの明るい笑顔に戻った。


「好きだよ。でも私は、いつもの乃梨子ちゃんも、髪を結わえた乃梨子ちゃんも、好き」


 その言葉に、私の心臓は強く鼓動を打つ。まっすぐで純粋な響きだった。


「祐巳さま、それは」


「あ、そうだ」


 突然何かを思いついた様子の祐巳さまは、私の髪から手を離して、今度は自分の髪を結わえているリボンへと手を伸ばした。私から見て左側、そちらのリボンを祐巳さまはするりと慣れた手つきで解いてみせる。


 抑圧から解放された祐巳さまの髪が、重力に従ってぱらりと流れ落ちていく様子は、妙な艶っぽさがあって私の目を釘付けにした。


 祐巳さまは解いたリボンを私の視線の高さまで持ち上げると、その向こう側でにんまりと笑った。何か企んでいるような、本当にわかりやすい顔だった。


「乃梨子ちゃん、これ、貸してあげる」


「………は?」


 はい、と祐巳さまは押し付けるようにそのリボンを私に手渡した。


「だから、明日はこれで髪を結わえてきてね」


「え、ちょっと、祐巳さま?」


 祐巳さまの言葉を未だに飲み込めないまま、私はリボンを受け取った。リボンと祐巳さまを交互に見やって、その動作を何回か繰り返した後に、祐巳さまは念を押すように言った。


「先輩命令だから。無視したら駄目だよ」


「………」


 そう言う祐巳さまの表情は、とても楽しそうだった。後輩をからかって遊ぶ先輩特有の、意地の悪い笑みを浮かべながら。


 私は小さくため息を零した。ここまで私の心を良いように弄ぶ祐巳さまは、果たして天使なのか小悪魔なのか。どちらにしても、私はこの人には敵わないという事だけは、はっきりと分かった。




 翌朝。


「おや」


 私の姿を見た菫子さんが意外そうな声を上げた。珍しいものでも見るかのような、驚いた顔をしている。


「どうしたの、リコ。珍しい」


「別に。たまには良いかなって、そう思っただけ」


 私の髪は後ろで束ねられて、馬の尾みたいに垂れ下がっていた。俗に言うポニーテールというやつだった。もちろん髪を束ねているのは、昨日渡された祐巳さまのリボンだ。


 私の説明には明らかに納得していない様子の菫子さんはいつもの意地の悪い表情を浮かべ、ふーん、と人を小馬鹿にしたような声を漏らした。


「いよいよリコも色気づいてきたか。もしかして、良い人でも見つかった?」


「あぁ、もう、うるっさいなぁ」


 煩わしいものを追い払うように、私は手をひらひらとさせた。それに構わず菫子さんの冷やかすような声が飛ぶ。


「何、照れてんの。よく似合ってるよ」


「菫子さんに言われても、あんまり嬉しくないよ」


「じゃあ誰に言われたら嬉しいの」


「………行ってきます」


 菫子さんの言葉を無視して、私は家を出た。どうしてこう、人の色恋沙汰になると目の色が変わるんだろう。他に楽しみがないのだろうか。


 大体、誰に言われたら嬉しいかなんて、そんなの、決まっている。


 エレベータに乗り込んで、中にある鏡で自分の姿を確認する。見慣れない自分に違和感を覚えたけれど、これはこれで新鮮だし悪いものでもないように感じられた。


 皆はどんな反応をするだろう。このリボンが祐巳さまのものだと知った時、瞳子や可南子さんはどんな顔をするんだろう。そして、祐巳さまは。


 エレベータがロビーのある1階に到着した。扉が開くと同時に、私は軽快な足取りで歩き出す。エントランスの向こうでは朝の新鮮な陽光と穏やかな風で満たされていた。良い1日になりそうだ、と私は思った。

  1. 2006/10/26(木) 23:57:20|
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